![]() 2005年7月3日(日)午後2時開演 於:紀尾井ホール |
| ま文 まびっく会員 藤本直樹 |
「世界一の質と量を併せ持つ世界最大のクラシック音楽の市場となった東京にあって、その響きの良い名ホールとして、今や室内楽、室内オーケストラの殿堂となっている。」
これは、紀尾井ホールのことを特集した記事中に掲載されていた、当ホールのことを紹介した文章の一部です。その名ホールとして名高い紀尾井ホールにおいて、中川美保さんのリサイタルが去る平成17年7月3日に行われました。ピアニストには、美保さんが全幅の信頼をおく有森直樹氏。ちなみに美保さんが紀尾井ホールでリサイタルを行うのは今回が2回目となります。
当日は、あいにくの曇り。ただ、前日までの蒸し暑さもなく、幸いにも比較的過ごしやすい気候でした。筆者は本番の数時間前からお手伝いをさせていただきましたが、一度控え室のドア越しに美保さんと一言を交わしたとき、ただならぬ緊張感が辺りに漂っており、すぐにでもその場から逃げ出したい思いに駆られました。ホールの格式の高さも手伝ってか、やはり普段のコンサートと比べものにならないただならぬ空気を感じたのは、私だけではないと思います。
午後1時30分、開場。早くから扉の外で待たれていた数十名のファンの方々が、待ちかねたようにホール内へ吸い込まれると、続々とお客様がお見えになりました。そして、いよいよ開演。やはり、演奏者が姿を見せるまでの雰囲気も、名ホールならではのものがあります。待っているこちらがその演奏会に居合わせる資格を問われているような緊張感です。そんな中、鮮やかなスカイブルーの美しい衣装に身を包んだ美保さん、そしてピアニストの有森さんが舞台に現れ、会場のお客さんの拍手で迎えられました。
本日のプログラムの最初を飾るのは、モーツァルト作曲「ソナタ ニ長調 KV.306」。第1楽章は軽快なリズムを刻み、第2楽章では一転、ゆったりとした穏やかな美しい旋律が奏でられ、第3楽章でまたはじめの軽快なリズムに戻り、この曲を締めくくって行きます。どんなプロであっても、初めの曲、ましてやそしてその出だしは、その日のコンサートを占う意味で非常に重要な意味を持つものでしょう。しかし、この日も美保さんは、日頃の血の滲むような練習に裏打ちされた実力をものの見事に披露され、オープニングから観客の心をつかむことに成功したと言えます。リサイタル後、「モーツァルトにほとんどの時間を費やしたと言っても過言ではない」と語られたほど、美保さんのこの曲への思い入れは並々ならぬものがあったようです。
続く2曲目は、デュボワの「ディヴァルティスマン」。第1楽章は速いテンポの曲で、忙しくせわしいピアノとのかけあいが見事な技巧的な曲。第2楽章は、打って変わって子守唄を思わせる静かな曲調。そしてまたも第3楽章では、再び軽快なリズムで走るピアニストとの息もまさにピッタリで、とてもお洒落な雰囲気をかもし出している一曲でした。
そして、前半の最後はドビュッシー作曲の「ラプソディ」。プログラムにも「ピアノパートが充実している作品」とあったように、非常に華やかな有森さんの演奏に、一瞬「サクソフォンリサイタル」であることを忘れてしまうような圧倒的な迫力を感じました。しかし、そのピアノの迫力に呼応するサックスの演奏もまた見事でした。
後半始めの曲は野田燎作曲の「鳥」。上半身が黒、下半身が白という装いの美保さんに対し、有森さんはその逆、上が白に下が黒という衣装に身を包み、そこに賛助出演となるパーカッションの井町美絵さんを迎え、演奏が始まりました。曲の出だしは鳥のさえずりを思わせるパーカッションの音。「もがき苦しむ鳥」をイメージしたと作曲者が言うように、重油の中で足をばたつかせる鳥を想像させるようなピアノの低音。プログラムにも掲載されたこの曲の楽譜も印象的なら、奏でられる音楽もはっとさせられるような不思議な音色の連続。その中には、作者の思いそのままに公害に対する警告を思わせる、どこかメロディという言葉とは異質な感じのする響きがありました。そんな人々の心への警鐘を模したサクソフォンの音は、それまでの美保さんの紡ぎ出す音色とは全く別のもので、この楽器の持つ音の幅広さを感じました。
少し緊張感を持ちながら聴いた前曲で強張った肩の力をほぐすかのように、次は美保さんが得意とする日本の歌のメドレー。衣装も色鮮やかな赤いドレスに代え、また新たな気持ちの中、「茶つみ〜夏の思い出〜通りゃんせ〜芭蕉布」が演奏され、美保さんだからこその心優しい音色に皆さんうっとりされていました。
そしてあっという間に、プログラムは最後の曲、ボルヌ作曲「カルメン幻想曲」へ。曲の途中からお馴染みの旋律・リズムが現れ、そこに美保さんの卓越したテクニックが曲全体に息を吹き込み、観客はその迫力ある演奏とサクソフォンの見事な指の動きに、目と耳の両方を魅了されたまま、最後の曲が終了しました。
演奏終了後、観客のボルテージは最高潮に達し、演奏者のお2人に惜しみない拍手が鳴り止まず、その観客の声に応え、アンコールに「さとうきび畑」とバッハの「アリア」が演奏されました。そして大喝采のうちに、この日のリサイタルは幕を閉じました。
今回、プログラムの「ごあいさつ」の中で美保さんは、『毎回どのような曲目をご披露させていただこうかと直前まで悩みます。〜サクソフォンの魅力を存分に堪能いただきたいとの思いと、その一方で自分の未知への挑戦を心がけながら・・・日々の研鑽が存分に発揮できるように・・・』との複雑な思いを語っていらっしゃいました。今回のリサイタルでの曲目も、それぞれ受け止め方などは様々であったことと思います。ただ、美保さんのサクソフォンに託す思いが凝縮された、密度の濃いリサイタルであったといえるのではないでしょうか。
また、演奏者が紡ぎ出す音の真贋が容易に判断されてしまうであろう、紀尾井ホールという名ホールにあって、「中川美保の音」は臆するどころか、むしろそのホールの音響の素晴らしさを改めて証明するかのように、並みの演奏家とはステージが違うことを示してくれました。それくらい、中川美保のサクソフォンの音色が持つ繊細さをより実感することが出来たリサイタルだったと感じています。
今回のリサイタルは、1階席だけで500人近く収容可能と言う紀尾井ホールを埋め尽くすとまでは行かなかったものの、これまで中川美保さんを支えてこられた多くのファンの人々に加え、ご招待状を送らせていただいた方や協賛・後援の企業の関係者の方々など、多方面の方に足を運んでいただけました。
是非またこのような素晴らしい環境のホールにおいて、中川美保の「真の音」を数多くの人々に聴いてもらえる機会が定期的に設けられることを心から祈ってやみません。